こんばんは。
最近勤務時間が長すぎて、夜は寝落ちしてしまうじゅんちゃんおばちゃんです。
それでも今日から連休なので、気が大きくなっている私です。
一昨日の事なんですが、早番のため朝6時半頃にお散歩に出ました。その時に感じた事をお話ししたくなったんです。
今の住まいに越してはや5ヶ月、夢ちゃんのお陰で、ご近所の方とお話しする機会があります。
皆さん、決まった時間に行動している人が多いんですよね。
早朝のウォーキングで会う、爽やかなおじさん。
挨拶のみ^_^
一番会う回数が多いのは、家を出て直ぐに会うおばさん。
犬好きな方で、自分もワンちゃんの里親になった経験も有ると話してくれました。
夢ちゃんはその人に会うと走っていき飛びつくんですよ。
自分に好意を持ってくれる人は敏感に感じるんですね。
その時もそうしようと思ったらしいのですが…
何故か姿勢を低くして逃げたい素振りを見せるんです。
おばさんは
「どうしたの❓」って感じ。
いつもと何かが違う…
そう、おばさんは傘を持っていたんです。
夢ちゃんと初めて出会った日、少し雨模様でした。
自宅に着いてお散歩しようとワンタッチの傘を開いたら
うずくまってしまい動きませんでした。
それで、傘を開く音が特に嫌いなのだと判断し、
それ以来お散歩は雨でも傘は使わなくなりました。
私は、無い頭を使って必死に考えました。
傘を開く 瞬間が怖い 〉 (大なり)人が傘を持っている時が怖い 〉 置いてある傘が怖い
怖い気持ちの比較はこんな感じだと思います。
とにかく、傘は人に関わっているのが嫌なのだ、持っているだけだと構えてしまうけど、持っている人が開く瞬間は逃げたくなるほど怖い。
雨の日に、夢ちゃんを助手席に乗せて運転していた時、目の前に傘が置いてあると、随分気にしていました。
お目目が垂れ目になっていたんです。
「夢、嫌だよね」直ぐに気付いて傘を後ろに置きましたが
「待てよ、その時の夢の目の表情、何処かで見たことあるぞ❓」ちょっと哀しげな垂れ目。
そう、私がなかば無理矢理チューする時にも垂れ目になっていたんですよ。
「この傘、ちょっと別のところに置いてくれないかな」≧「おかあちゃんのチュー、しかたない、やり過ごすか」
このふたつは似たようなストレスなのかもしれません^_^
ちょっとだけ私の方が大丈夫なのかも…
そう思いながら、これからもチューはやめないと思います。
「ごめんね、夢ちゃん」
以上は夢の苦手なことでしたが
実は私にも、日常の中で嫌だなと思う事が有るんです。
仕事の話になってしまいますが。
今は、お買い物の際、クーポンなどはスマホのアプリなどが殆どですよね。
勤務先では、会社のクーポンの特典は葉書で郵送しているんです。
以前はミシン目が有ったので、手で切り取れたのですが(日付ごとに使える日が決まっている)ビニールのコーティングになってからはハサミでないと切れなくなりました。
私はそれを、全部ハサミでカットしてお財布に入れておきます。
でも、人によっては無理矢理手で引き裂いて酷い状態で渡すお客様も多いです。
私は、ちゃんと切ってない事が凄くストレスになるんです。
もう何年も前から、ズボラ街道まっしぐらの私ですが、そういうのは凄く気になってしまうんです。
新聞を読むときも、新聞紙の本来の折り目が合わなくなるのも気になる。
角が合っていないと嫌なんです。
お財布の中がグチャグチャなのも、人のを見ると嫌ですね…
もちろん、自分のお財布には余計な物は入れないで、レシートも溜め込まない様にしています。
でも、そういった事は個人の自由なので、流します。
けれど、人が見ていないところでクーポンなどは綺麗にカットしなおします。
お札も、顔の位置を全部揃えますね。
これは、私の嗜好だけでなく、数える際の間違い防止になります。
毎日来る人で、いつもお札がグチャグチャの人が何人かいます。
例えていうなら、洗濯機で洗濯してから両手でおにぎりのように握った様なお札。
書き損じの用紙を丸めて捨てる、それを開いた感じともいえます。
油のシミだらけの人も居ます。
当然機械にははじかれてしまうので、ドロアの中に入れておくんです。
そういう人が重なると
「なんて日だ」 って思っちゃいます。
小さい話ですみません。
夢ちゃんは、自分は何にも悪くないのに、何かのきっかけ、人が傘を使って何かをした時に怖い思いをした❓
そういう風に想像してしまいます。
怖いのはもう改善出来ないと思います。
私にできる事は、怖い思いをしないようにしてあげる事。
それしかありません。
私自身の事は、これはもう、気にならない人からしたら「なんてくだらない」
と思う事かもしれないです。
でも、根本は変えられないんですよね。
人それぞれ、色々な事に対しての許容範囲が有りますよね。
どこまでが我慢できるのか❓
私自身は、自分のそういった些細な気になる事は、人には絶対に強要しないようにします。
気付かれないようにしてますね。
さあ、明日もお休みです。
通常通り早起きをして、自宅の片付けに又行くつもりです。
最終的に要らないものを仕分けして、袋に入れて、それを長男が休みの日に焼却センターに出してもらう予定。
その連携を取ったら、2人が必ずしも同じ日に休まなくても済むんですよね。
もう電気も通ってなくて、水道だけは使える我が家。
寒くなる前に空っぽにします。
これは、必ずやらないといけないことです。
今の所に越してからも、お散歩中に空き家を目にします。
空き家には2種類ある事に気付きました。
中には家具程度の物は有りそうですが、持ち主の方が偶に来て風を入れている。
庭の草木も伸び放題にはなっていません。
それに対して、全くの空き家状態の家もたくさん有ります。
雨戸は朽ちて、サッシの隙間からは屋外の蔦の様な植物が中に侵食しています。
庭の木の枝は、道路にはみ出している家も有ります。
我が家は…
その2パターンの中間くらいでしょうね。
お散歩でこんな風に色々見てしまうのが癖になった様です。
そんな毎日の中で、私は一棟のアパートが気になる様になりました。
それは、随分昔、手塚治虫さんなどの漫画家が若き日を過ごした《トキワ荘》
それを彷彿する様なアパートです。
名前も似通っていました。
昭和の賜物の様な感じで、空き家だと思い込んでいたところ…
或る日帰りが遅くなり、真っ暗な中お散歩したら、
なんと❣️
下の2部屋と、2階の1部屋に灯りが灯っていたんです。
下の空き地からは、2階の窓まで蔓性の植物が繁茂して、凄い状態なので空き家と思い込んでしまったんですね。
通りすがりの場所でも、人々の暮らしを感じる事が出来ると、なんだかあったかい気持ちになります。
人にはそれぞれ帰る家があって、その場所でそれぞれの生活が有る。
帰る家が有るって、本当はすごい事なのかもしれません。
私だって、ここの家賃が払えなくなったら住めなくなる訳ですから。
それでも、いつの日も、紆余曲折していた若き日のあの頃も、帰る場所は有ったんですよね。
帰る場所がある、そして今は、夢ちゃんが待っていてくれる。
これからも頑張れそうです^_^
しかし、今日は体の方が疲れてしまいました。
自宅に残っている物を持ってきたのですが、2
階のこの部屋に何往復もして、足が痛いのと、知らぬ間に腕に擦り傷を作ってしまったり
夕方には熱も出始めました。
なので、今夜は早めに休みますね。
雨も降り始めた様です。
仕舞い込んだ衣類を、半分は捨てて、残した物は洗濯機を何回も回してお洗濯しました。
今日が晴れてくれて良かった。
明日は富士山は見えないでしょう。
9月19日の富士山です。
少し帰りが早い日は、こんな風に夕焼けを見る事ができます。
日が短くなったので、仕事の日はもう無理でしょうね。
帰る頃は真っ暗です^_^いつも私の側にいてくれる夢ちゃん。
夢ちゃんが待つこの部屋に、毎日帰ってくる、そんな風に日常が送れる事に感謝しながら、今日はこの辺で失礼します。
いつもほんとうにありがとうございます。