多感だった高校生の頃、国語の教科書の1頁目に大岡信さんの【青空】と言う詩が有りました。思春期の私にはとても心に響きました。大岡信さんに興味を抱いて、書店にも行ったと思いますが、その時には出会う事が出来ませんでした。
最初、わたしの青空のなかに
あなたは白く浮かび上がった塔だった。
あなたは初夏の光の中で大きく笑った。
わたしはその日河原におりて
笹舟をながし
溢れる夢を絵の具のように水に溶いた。
空の高みへ小鳥の群れはひっきりなしに突き抜けていた。
空はいつでも青かった。
わたしはわたしの夢の過剰でいっぱいだった。
白い花は梢でゆさゆさ揺れていた。
知っていたのはここまででした。この詩には続きが有りました。
ひとは許しあえるか問うています。
許しあえるだろうと答えています。そして季節は初夏から冬を過ぎて立春の頃2月に移り、燃えるものはなにもない、明日こそあの吊橋を渡るだろう、思い出のしげみは二月の雨にくれてやる、と締めくくっています。
わたしは、プロローグしか見ていなかったのですね。奥の深い詩でした。あの頃、全て読んでいたら、多感な少女は深い感銘を受けていたと思います。
今の自分は、こう思います。
遠い、遠い夢、憧れ、失っても、灰色の冬の壁からも柔らかい日差しがさす、これは再生の詩なのだと。
大雨で被害を受けた方、今も救助を待っている方、同じ空で繋がっているのに…日常の中でこんな事が起こるなんて、自然の怖さを目の当たりにし、どうか、どうか、皆さんが早く救助され安心した場所に行けるように祈っています。諦めないで、諦めないでください。