今日はとっても夜空が綺麗でした。
星たちのキラメキを見上げると、私は思い出してしまう瞬間が有ります。
それはもう3年も前の事。
認知症になった16才ののんちゃん。
ヨークシャーテリアの雑種の子でした。
まだヨチヨチ歩きの頃に保護して、私は4度目の子育てを経験しました。
夜中2時間おきのミルク、オシッコ、人間と同じです。
ワンコを迎えるのは初めてで、手探り状態。
下の2人の息子も幼稚園で手もかかります。
そうして3人は一緒に成長していきました。2年後に誕生したムクも含めると4人ですね。
のんはとても頭の良いワンコで、そして母性本能も持ち合わせた立派な子でした。
ある夏の日に、私が子供達を連れて外出したら突然の夕立。
「あっ‼️のんとムクは軒下の犬小屋だった」
急いで帰宅したら、のんはずぶ濡れになってムクを犬小屋に入れていたのです。
この時の事は、私の父も見ていたのでずっと言い続けていました。
「のんは立派な母親だ」と。
そんなのんちゃんに何気無い異変が起きたのは、亡くなる2年ほど前です。
クシャミをしたらコタツのテーブルにあごをぶつけたのです。
私も子供達も爆笑しました。
今思えば、それが認知症の前兆だったのでしょう。
ゆっくりと、本当にゆっくりと時間をかけてのんは衰えていったのです。
その頃から私は居間で眠るようになりました。
のんとムクはいつも居間で夜を過ごしていたからです。
夜も側に居ないと心配だったから。
のんの認知症は進みます。
徘徊も始まりました。
テレビ台の扉が磁石の付いたガラスなのですが(押せば開くものです)
それを何十分も押し続けたり、ちょっとした隙間に入り込んでしまうようになりました。
長男が帰宅したらのんが何処にもいなくて、やっと探した場所は冷蔵庫の裏でした。
家の床には何も置かないようにして、家具の隙間も無くしました。
(今よりずっと片付いていたんです、やればできるのに…)
のんは私が帰宅して抱っこした時だけ大きな声で遠吠えをしました。
「お母さん、おかえりなさい」
消えつつある記憶の中で語っているかの様でした。
三男が認知症のワンコのグッズで、6角形のサークルを購入してくれました。
そこに入れれば角は無いし、同じ方向にクルクル回るのんちゃんには良いのでは無いかと。
結果はダメでした。違和感が有るのか、そこに入れると深夜でも大声で泣いてしまったのです。
多分、体で覚えている日常と違和感がある事が嫌だったのだと思います。
それ以降は、以前の様に室内でフリーの状態です。
のんは用を足すのは屋外だったので、室内でも殆ど粗相はしませんでした。
でも、その度に外に連れ出すのは、人も大変かもしれないけれど、寒い時期になるとのんの体が心配です。
丁度寒くなりかけた今の時期、真夜中のんは泣き始めます。
「この、おバカさん」
頭を撫でて
私はそう言いながら外に抱っこし連れ出します。
深夜の星がこんなに綺麗だったんだと気付きました。
無数の星がきらめいています。
「のんちゃん、こんなに綺麗な星空、お前が居なかったら見れないよね、ありがとう」
のんは何も答えません。
でも、1つの命はそこに存在していたのです。
今月の4日はのんの命日です。
最期の夜は腕に抱いて眠りました。
こんなに星空の綺麗な夜は、あの頃が蘇ります。
介護は綺麗事では済みません。
確かに深夜に何度も起きるのは辛かったです。
けれど、それは大切な時間だった、のんの命を感じることが出来るとても大切な時間だったのだと思います。
そして、今も私は星空を見上げるのが好きです。
でも、今夜の様に、のんの想い出を辿ってしまうと涙が流れます。
億光年もの昔に輝いた星のキラメキ、それを今目にしているんだ、宇宙は壮大です。
そんな宇宙の下で、生命の営みは続いていく。
のんと星空の記憶は消える事はないでしょう。