先日24日の事です。
次男の運転で私の想い出の地、横浜に行って来ました。
20代の殆どを過ごした横浜。
私にとっては第二の故郷、そして今でも心の何処かにいつも残っている、後悔のような地でも有りました。
いつの頃からか次男は
「いつか横浜に行こう」
そう言ってくれるようになりました。
前日の夜に帰省して来て、24日の朝7時過ぎに家を出ました。
とうとうこの日が来たんだ。
高速を使わないので4時間以上はかかると思われました。
先ずは、金沢区に有る独身寮に向かいました。
車は金沢文庫方面から向かって来たので自分は歩いたことの無い道路から来た為に、目印の信号を間違って右折してしまいました。
記憶の中で長い長い真っ直ぐな坂を登ると、その一番上に6階建ての寮が有りました。
向かって左側に縦長の建物がそびえて、広い敷地を挟んで右側は土手になっていました。土手の高さは5メートル以上は有ったと思います。
坂の始め、左の角にはたばこ屋が有りました。そこはコインパーキングになっていました。坂を見上げると、記憶よりも狭く感じました。
次男が「ここに停めて歩いて行こう」
正解でした。
歩き始めてすぐに違和感を感じました。
先ず、道の狭さと傾斜のキツさ。
周りの家が建て替えをしたとしても、セットバックだろうし逆に道が狭くなるなんて有るんだろうか…そしてその道は不規則に枝分かれしてしまって本線がどれなんだかわからなくなってしまい…
それでも坂の上と思われる場所まで行ったけれど、全くわかりません。
私の記憶では、車が十分すれ違える広い道路が真っ直ぐに続いていたのです。でも、途中でこんな写真を撮る事が出来ました。マンホールも異国情緒がある気がします。そして、どうにかこんな景色を撮りました。つくづく、パノラマで撮れば良かったと後悔です。
ずっと向こうに海が見えますか❓
この夜景はコンビナートの灯りが光ってとても素敵でした。
寮の親友と夜に近所を走って、土手に座って此処の夜景を見たものです。
少しの心残りを感じながらも次男と次の場所へ向かう為に右折し直進した所、右側に…
「あっ❗️見覚えのある坂」
そう、信号の名前が変わっていたのです。
正しい場所は
《青砥坂》でした。その信号昔は坂は付いていなかった。
気付いた時には通過してしまい、そこに戻るまでに30分ほど時間のロスをしてしまいました。途中こんな風景に出会えました。
迷っていたので正確な地名が分かりません(^。^)
そして、とうとう辿り着きました。
私が4年間過ごした女子寮に。
残念な事に、そこにはもう有りませんでした。
広大な敷地だったので、取り壊して大々的に整地したのでしょう。
坂の上から写真を撮りました。この長い長い坂を、毎日歩きました。
ある雨の日、急な雨で傘をさして歩いていたら、前を女子高生が濡れながら歩いています。
私は近付いて傘を差しかけたところ
「ぎゃー❗️」
そう、その子はずっと付いてくる足音に怯えながら歩いていたんです。
ごめんねって言って寮まで相合い傘。
別れる時に「この傘は新しくないので返さなくて良いですよ」そう言った時、その子はなんて言ったのか、もう覚えていません。
今もあの土地に居るのでしょうか。
そして親友と腰掛けた土手も、もう存在しませんでした。
先程間違えて訪れた場所から見える風景は同じだと思うので、そこが撮れたのは結果良かったんですね。
夜景の見えた土手の下には住宅が建っていて、当時道路が有ったのに無くなっていたんです。
なので、もう2度とそこに腰掛けて夜景を見ることは出来ません。広い道路はその土手の、上から見下ろすと左側に有りました。
毎日そこを歩いた二十歳過ぎの私。
今はそこに居場所は有りません。変わらなかったのは、あのコンビナートの見える風景だけだったのでしょうか。
16号沿いは毎日歩いていたので記憶が蘇ります。あの古いクリーニング屋さん、パン屋さん、個人の商店、何も有りませんでした。
コインパーキングになっていたと間違えたタバコ屋さんも有りませんでした。
ヘビースモーカーだった友達は、タバコが切れて坂の下までよく走って行ったものです💨
遠い昔。
次回は勤務先への旅を載せさせていただきます。