数日前、出勤で車に乗ろうとしたら、前の家がいつもと気配が違います。
自宅の車以外に、道路にまで車が溢れていて。
何か有った、多分良くないこと。
そう思いながらも出勤し、帰宅してからお隣の奥さんに聞きに行ったら、良くない予想は当たってしまい、その家の世帯主の方(70代後半)が亡くなったと。昨日はお通夜に、そして今日は告別式に行って来ました。
普段中々ゆっくり会話をする事の無いご近所もそんな時は話す機会も増えます、皮肉なものですが…
近所の在住者なので最後まで参列しました。
式の終わりに、お通夜の日は司会の方が故人の思い出を朗読されました。
「寡黙な故人はお酒を愛して、焼酎をいつもたしなんでいました。そんな姿が幸せそうであったとご長男は語られました」
故人の人柄が偲ばれるお話です。
私もいつか、長男の話としてそんな風に語られるのかな❓と考えた時に
「ワンちゃんの散歩の後の焼酎を美味しそうに飲んでいた」
なんて言わないでね、と帰宅した長男には固くお願いしておこうなんて考えたりして。
今の住まいに越してから今年で20年になります。亡くなられた男性もその頃は60手前
、まだまだ働き盛りで、我が家は子育て真っ最中でした。
特別付き合いが有った訳では無いけれど、色々な行事を一緒にやったり、忘年会、新年の集まり、色々な思い出があります。
そういう人が居なくなってしまうのは、時間の流れの非情さを感じずにはいられません。
永遠の命があるはずもない、分かっているけれど。
そして今日は告別式に参列し、息子さんが遺族代表で挨拶をした時はウルっときてしまいました。
その後に年上の方々に(女性ばかり)誘っていただきファミレスで遅い昼食を。
考えたらこれが数ヶ月ぶりの外食でした。
私に「元気だった❓」と聞いたのに私が答えると何にも聞かないで他の話を始める人、他人の情報に妙に詳しい人、薬もらいに行かなきゃという人、みんなそれぞれ元気です。
そんな人達とそんな風に会話が出来るのは、ここで暮らしてきた賜なんだと思えました。
ご近所は煩わしい事も多いけれど、友達とか、親戚とか、親兄弟、それらとは違う独特な関係なのではないでしょうか❓
休日はもう終わろうとしています。
少しゆっくりしたら夢ちゃんと散歩に行こうと思います。これは台風が去った後の富士山です。
これからもずっと、私達を見守って下さいね。
そっと呟きます。