読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

JunchanObachanのブログ

じゅんちゃんおばちゃんの夢日記

心に響く言葉

昨日の私のブログに対して
マミーさん、happyさん、surboxさんからのコメント、何度も何度も読ませていただきました。
自分自身、上手く気持ちを文章にする自信もなく、支離滅裂になってしまうかもしれませんが、こちらの方で返信というかたちにさせて頂きます。
まず、本当に、本当に有難うございます。
お会いした事も無い私に対して、そこまで真摯に考えてくださり、又心配してくださった事、感謝の気持ちで一杯です。
皆様の危惧した通り、あのラインを受け取ってから、私は引きずられる…と言うか、その恐怖に頭の中が一杯になっていました。
明らかに助けを求めているのに、何をして良いのか分からなくて、かける言葉も見つからない自分。
文章で確信に触れるのはやめて、会う約束だけをしました。
文章には怖さが有ります。受け取り方で逆効果になってしまったら…
それから私は、色んな事に想いを巡らせました。

今年の2月に私の運転で厄地蔵に2人で行きました。車は近くの小学校の校庭に停めるのですが、寒さが一番厳しい頃にも関わらず晴れていたので、校庭はぬかるんでいました。
そこを歩き、崖とまではいかないけれど、小高い場所に有る所まで歩いてお札を貰います。思えば、18才の時にも彼女と2人で行きました。
私がその事を話すと、彼女は
「覚えていない」
と言いました。
その後彼女のアパートにお邪魔したら、彼女はビニールテープで縛った数冊の分厚いノートを持って来ました。
それは、2人が高校時代に始めた交換日記でした。
毎日数ページにもなって、風刺した似顔絵やら、当時好きだったスピードスケートの選手のことや…あらゆる事が今とは違う丸っこい文字で書かれていました。
懐かしそうにじっと見入っていたけれど、この前のラインでは
「〇〇ちゃんと呼ばれていたあの頃の記憶が無い」
でした。
私だって卒業して数十年も経つと、全てを覚えている訳ではなくても、色んなエピソードは記憶に刻まれています。
それが病のせいなのか。
そして、彼女はとても几帳面で、何事も完璧にやったが故にこの病になったのではないか❓とも思えました。

私は、彼女とは違うけれど、何度か帰路に立たされた事が有ります。
精神的に追い詰められた事も。
1人になってもう13年近くになりますが、旦那さんがいた頃は追い詰められていた様に思います。
家を購入した為に、19時から22時までの仕事を始めました。
下2人が幼いのに何故❓と思うかもしれませんが、家族の協力が有れば出来るのと、昼の仕事だったら子供が熱を出したりとか具合が悪くなった時に急に休まざるを得ないですが、夜だったら家族に診てもらえるので職場に迷惑をかけないと思ったのです。
でも、いつしか旦那さんは夜お酒を飲み歩いて子供達だけにして居なくなる事が多くなりました。
私は或る日、帰り道を運転している時に
「このまま何処かに行ってしまいたい」
という思いに急に囚われてしまい、帰り道とは違う方向に車を走らせました。
立体になっている道路の脇に車を停めてハザードをたいた時に、下の道路の標識にそれが跳ね返って同じリズムで光っていました。 
自分は今、何をしているんだろう、ボンヤリとそんな事を考えて
どれ位その場所にいたのでしょう…
ふと、子供達とワンコの顔が浮かびました。
目が覚めた様な感覚になって、自宅に戻ったら、やはり旦那さんは不在で子供達は皆んな起きていました。
その後、あらゆる不審な行動を繰り返した挙句に借金がある事が分かって弁護士に示談にして貰いましたが、自分の事で有りながら他人任せな態度に三下り半という形で終わりを告げました。
今の私の口調が、相手ばかりを悪く言うように取られてしまったら困るのですが…
今思えば、私があらゆる事から相手を拒絶した為にそうなったのかもしれないと思う事も有ります。
けれど、最後まで嘘を付いた事と、闇金にうちの住所と電話番号を教えたことは今でも酷い奴だと思います。
お陰で私達は、嫌がらせ電話(番号は変えました)借金を勧誘するハガキが1日に何枚も届くようになりました。
そのトラウマで、私は知らない番号の電話には出られなくなり、郵便物をポストから取り出す事が出来ません。
なので、口座振替をやめたので電気とかガスの請求書を見逃す事が有るのです。
それがズボラまず一つ目です。
そして、昼も夜も働いていた頃、行方不明になる物が増えました。
例えば、お気に入りだったあの服、何処❓みたいな。
毎日の掃除、洗濯、食事の支度はこなしても、それ以上の事を後回しにした結果です。
これがズボラ二つ目。
私はズボラな故にここまで来れたのかな、と思う事が有ります。
彼女だったら、きっと辛くても自分が横になるとかせずに完璧にして来たのでは…

長男が心療内科に通った時に、医師は
「コッブから水が溢れてしまった状態ですね」
と言いました。
私はその言葉が常に頭に有って、水を溢れさせてはいけないと思っていたのかもしれません。
でも、そんな自分は最近、冠攣縮性狭心症過敏性腸症候群と診断されています。
ストレスが、心ではなくて体に影響を与える形です。
自分の中で危機管理が働いているのでしょうか❓
大人になったとはいえ子供達の存在、そして私だけを頼りにしている夢ちゃんの存在、それが大きい。
そして過去の自分も、幼かった子供達と当時健在だった2人のワンコ皆んなに救われた。

そんな自分も、彼女からあまりにもリアルに話を聞いてしまうと、本当にどうしていいのか分からなくなります。
彼女の高校時代のクラスは、まとまりが良くて毎年クラス会をしているようです。
県外にいた頃もよく参加していました。
その、彼女のクラスメートがたまに私の勤務先に顔を出して彼女の話になった事が有ります。病気の事は知らないようでした。
多分、私1人にしか話していないのだと思います。

入院は10回以上、長くて半年も入院した事も有り、そこで命を絶とうと行動を起こした事も…
身障者手帳も持っています。
こちらに越して来た時に、総合病院に紹介状を持っていったところ、症例が重篤過ぎて対応できないと別の病院を紹介されたと言っていました。
それで、県の中心部に有る専門の病院に通う事となったのですが、今回は主治医も危ないと思ったようで旦那さんと2人で行ったようです。
surboxさんの仰る様に、精神科の薬は体の自由を奪って思考能力も奪う…
そうなんですね、彼女はスポーツマンでいつも明るい子で社交的でした。
こちらで仕事についた時に、職場の人から
「物覚えが悪い、仕事に時間がかかる」
と言われたと。
段々年齢と共に衰えは有ります。
けれど彼女が話す状況は年齢だけとは思えませんでした。
そして、happyさんの言葉。
励ましの言葉が逆になる場合も…
ラインの返しは誕生日の事と、次に会う約束、その程度にしておいてよかったと思いました。
そして、マミーさんの言葉。
精神疾患は素人がどうにも出来るものではない
とても心に響きました。
ここに記した言葉だけでなくて、すべての言葉を大切に受け止めさせて貰いました。
本当にありがとうございます。
私は怖かったのです。
自分が居るから帰って来たと言われて、責任を感じながらもどうする事も出来ずに。

自分の事を話してみようかと思いました。
あの、ハザードランプを跳ね返した標識が映った自分の瞳。
過ぎて行く時間。
救ったのは子供達とワンコの存在だったと。
以前彼女が嬉しそうに話した事が有ります。
個人でブリーダーみたいな事をしていた頃にに、プードルが赤ちゃんを産んだと話した時の彼女はとても穏やかで明るい顔をしていました。
今彼女の娘には子供が1人居ます。
その孫を偶に預かって居る様です。
そういった事を話すのも良いのかなと思います。

最後に、手探りで何も分からない所から始めさせてもらったはてなのブログ。
拙い自分のブログに訪問してくださり、そして友の様に心配してくださり感謝の気持ちでいっぱいです。
あまりにも重過ぎて、身近な人には話せませんでした。自分の事のように受け止めてくださり、尚且つ私の心配まで。

今、私は、ズボラながらも頑張って来て良かったな、つくづく思っています。
その日々が有ったから、皆様と出会えたんだと思います。
ありがとうございます。