今日はお休みなので夢の散歩もゆっくり。8時半過ぎに家を出て、いつもと違うコース。
遠くに黒いワンちゃんの姿が。クロちゃんです‼️
「今日は小桃ちゃんはお休みだよ」
と、飼い主の男性。
クロちゃんは20キロくらいの、名前の通り真っ黒な(昔は真っ黒で有ったろうと…今は半分は白髪になってます)とても穏やかなワンちゃんです。
その飼い主さんと暫く談笑。
ふっとその方が「知り合いが車で通りかがって話しかけられた時に、クロも一緒に遊んだりしたワンちゃんが亡くなった話をして、話してるうちに本人が涙ぐんで足早に去っていった」そんな事を語り始めました。そのワンちゃんの最期は、散歩中に倒れて、抱き上げた飼い主の腕の中でガクッと力が抜けたのだそうです。そういう話をすると、亡くなった2人を思い出し、ウルウルしてしまうのです。あの頃、あの子達は幸せだったのだろうか❓いつも自分に問いかけずにはいられない日々でした。
私の過ごした時間と並行して、あの子達の時間も同じ様に存在していました。
私は随分苦労をかけました。
我が家が言い争いが絶えなかった頃、のんは「いつもの事が…」くらいにやり過ごしてましたが、ムクはお座りをしたままブルブル震えていました。ごめんなさい。
私が忙しくなった頃から、ムクは特に、私に執着する様になりました。子供たちとの時間も有るし、散歩も行きます。けれど、私に対する執着は普通ではなかった。
今になって少し分かった事が有ります。それは、私の気持ちがムクに反映していたのではないかと。最初に執着したのは私ではなかったか❓
「ずっと、ずっと一緒にいようね」頬をなでます。ムクは、瞬きもせずに私を見ていました。
子供達が今でも言います。
「お母さんが帰宅した時に喜び方は尋常ではなかった、本人の心臓に悪いと思った位だった」
愛された、とは思うけれど、ムクにもっと別の世界を沢山見せてあげればよかった、後悔は沢山あり、それが幸せだったのか❓の問いかけになってしまうのです。
さて、夢ちゃんですが、今日もマイペースに生活しています。先日、私の左手の上で眠っていたので、コッソリ右手で写メを撮りました。
そんな気配を敏感に察して、あらら、起きちゃってる。夢は本当に音に対して敏感です。いえ、私が音も立てずに近寄っただけで立ち上がってしまう事も。
私は夢に対しては、しつこくしない様にしています。過去のトラウマは消えないかもしれない。だから、ここは安全で強制もされない、そう思ってくれれば。
そんな夢に、危ない事を分からせるのが今の私の1番の課題と言えます。
今日も、クロちゃんと会った後、居なくなったあの子の家の前で暫く立ち止まり、その後こんな顔をしました。夢、引きずってないよね。
お母さんね、しあわせか❓の問いかけより、しあわせになろうね、そういう風に思いたいよ。
夢が笑えばお母さんも楽しい、だから、お母さんがいつもの笑っていれば夢も楽しいよね❓
これからも、夢とお母さんのしあわせ探し、時々長男(シツレイ)の日々は続きます。
追記
すづおさばえさん、bdshirtさん、いつも⭐︎有難うございます。今まで下さった方も。
とても励みになり、仕事で嫌な事が有っても明日も頑張ろうという気持ちになれます。