JunchanObachanのブログ

じゅんちゃんおばちゃんの夢日記

2日目のほうとうから思い出が過る

ここの所寒いので、一昨日ほうとうを作りました。

寒い時期は、ほうとうは欠かせません。野菜も沢山入っているしあったまるし。

我が家は今は長男と2人なので、長男が食べないと残ってしまうわけです。それで今夜もほうとう。  

幼い頃、ほうとうでは忘れられない思い出があります。

事業で失敗した父は、家もなくし(そういった経緯は20歳過ぎてから知ったのですが)安普請の小さな家に移り住みました。でも、母はマメな人だったので、質素でも手作りの食卓の思い出が多いです。

当時は、おでんとか、鍋で作るものは台所から一番近い場所が母の席で、その角に鍋ごと持ってきていたのです。おかわりがあると母がよそっていました。

ある冬の日、出来立てのほうとうの鍋を置いた時に、小さかった弟は、その中に足を突っ込んでしまったのです。皮がむけてしまうほどの火傷を負いました。

父親が靴下を脱がせていた記憶が有ります。本当は、そのまま流水で冷やせば良かったのだろうけど、当時はそんな知識もなかったのでしょう。弟は、今もヤゲドの跡が残っていると思います。

そして…多分足入りのそのほうとうは、食べたのではないでしょうか❓その辺の記憶が無いけれど、多分食べたな。

今よりも物が無い時代で、でも四季折々の行事は大切にし、節分の頃には木の枝に紅白のまゆ玉(米粉を丸くしたもの)を刺して飾ったり、節句には柏餅を手作り、お彼岸のぼたもちetc   そして父親は、そういった行事の時に家族全員揃う事を決まりにしていました。

19歳の時にクリスマスイブで深夜12時過ぎて(職場の女子の集まりなのに)家に入れてもらえず、裏のお婆ちゃんの部屋から入って、次の日にお婆ちゃんが怒られるという、申し訳ない結末もありました?

自宅は、私が中学生の時に新築しました。父はきっと、なにくそと頑張ったのでしょう…

自分の部屋が出来たのが嬉しくて、父親の大変さを思う術もなかったけれど、今、自分が住宅ローンに苦しんでいる現実を思うと、父は偉大なんだとつくづく思い、それでも、あの狭い部屋の夢をたまに見るのは、家族寄り添って幸せだったのだと思います。

今夜は、ほうとうから思い出が膨らみました。食が絡んでくると記憶に残るんだと改めて思いました。

私の子供達は、何かを食した時に、お母さん‼️って思い出す事有るのかな❓フッと思いました。